2007.05.23(Wed)

谷崎潤一郎の短・中篇とかエッセイとか
―『谷崎潤一郎集(一)』(昭和44年、筑摩書房)所収
「麒麟」中国史に全然明るくないので、読むのが結構苦痛でした。
論語にある「吾未見好徳如好色者也」という言葉の背景を谷崎なりに解釈してみましたよー的な話。
「刺青」の次に書かれた作品というのも納得、王様は孔子の教えを受けて、働いている民を見るだけで涙を流すような主君になったのに、夫人の毒牙に堕ちちゃうんです。
もう少し長い方が面白かったんじゃないかな。いや、それだと
わたしが読めない(超個人的)やっぱり谷崎文学の真骨頂って、被崇拝者と崇拝者の、“終わってる”会話にあると思う…。
「小さな王国」これは面白い!!
ごく普通の小学校教師が、ある一人の生徒の作った「王国」に支配されていく話。
飼い犬に手を噛まれる、なんて言い方じゃぬるい。
未来を予期してるような気がしてならない。
日本全国探せば一つくらいありそう、これに似たクラス。
教師やってる人にはあまり読ませたくないけれど、面白かったなぁ。谷崎の趣味をうまい具合に方向転換させた、成功例。
「蘆刈」良いですね。ストライクゾーンですね。
話の肝となる部分は私小説に近いです。谷崎と、松子さん。
でもそういうドロドロばかりじゃなくて、幻想的な雰囲気もプラスされてるので、読んでいてとてもうっとりします。御伽噺。関西の人だと、情景が想像出来てよりうっとりする事請け合い。羨ましい。わたしは川越の奥あたりの風景で脳内補完しました(無理矢理?)
しかしさぁ。
自分以外の全ての他人からお姫様扱いされてるお遊様って、どんな女の人だったんだろう…。
妹と並んでも、お姫様と腰元くらいの違いがあるって。
「雪後庵夜話」谷崎エッセイ。亡くなる1,2年前。
印象に残るのはやはり、自身の老いに関する記述。もう78,9歳。現在の平均寿命より長生きしてますものね。右手の激痛で自分の手で原稿が書けなくなったり、新聞が読めなくなったり、歯痒くて仕方無かったんだろうなぁ。こんな思いするならすぱっと死にたいなぁ。
あと、松子さんとの出会いから結婚に至るまでの事も詳しく書いてありました!こんなに詳しく書いたのは初めてらしい。
「つまり私は結婚生活を営みながらも、永井先生とは違つた一種特別な孤立主義、独身主義を実行してゐた訳である。」籍を入れるのも嫌だったそう。この人は一生を芸術に捧げてたんですね。でもこのへんは松子さんとのエッセイと比べて読んでも面白いです。そんな見栄を切っておきながらも、やっぱり掌で転がされてる部分はあります。
子供が嫌いな理由に関してはいたく共感しました。それで批判されるいわれも無いよね、超わかる。
他にも、自身の遅筆についてや、他の作家の話など、結構盛り沢山です。
「倚松庵の夢」松子夫人のエッセイ!
谷崎があれ程入れ込んだ松子さん、どんな女だ?!と思ったら、文章読む限りでは意外に普通の人でした。谷崎の気持ちを受け入れてはいるけどそれに完全に乗っかっているわけでも無く。松子さんの無意識の言動が谷崎にとっては魅力だったのかも知れませんね。
谷崎は自分の書斎に入られる事を酷く嫌がってて、松子さんにも入らせないし、作品も読ませてないと「雪後庵夜話」で述べていましたが、松子さん、しっかり作品読んでたらしい(笑)。
夫人の目を通してるからってのはあるが、友人との食事の席で松子さんの分だけ取り分けたり、風邪を引いてる友人に向かって「家内に風邪を移すな」って言ったり、凄いよ、谷崎。作品に説得力ありすぎだよ。
もうこんな人出てこないんじゃないかなー。
>EntryTime at 2007/05/23 10:37<