2007.06.10(Sun)

太宰治『津軽』(昭和26年、新潮文庫)
荒筋:
「私は津軽に生れ、津軽に育ちながら、今日まで、ほとんど津軽の土地を知っていなかった」。戦時下の1944年5月、太宰治は3週間かけて初めて津軽地方を一周。郷里の風土や歴史、自らにも流れる津軽人気質に驚嘆、慨嘆、感嘆の旅は、やがてその秘められた目的地へと向かう。ユーモアに満ちたふるさと再発見の書。
とても面白かったです。読後感が良い。
わたしも実家が田舎の山奥なので、共感するところが多かったです。
実家に行くのが微妙に気まずいところとか、中央線くんだりでぐだぐだ生活しているところとか、太宰と一緒です(笑)
良くも悪くも「田舎」ってのはその土地の持つ個性なんです。その個性を貶すべきか褒めるべきか、っていう微妙な感覚は、きっと都会に生を受けた人だとわからないかもしれませんね。
自分もこんな風に旅してみたくなりました。
紀行文的でもあるので、旅のお供に最適な一冊。
風景描写が美しいんですよ。
随所に津軽に関する史料文を挟みながら(ページ稼ぎかなぁと思ってしまったのはまぁご愛嬌)、太宰は旧友と共に旅をして行きます。あまりに素直に楽しんでて面食らいました。井伏鱒二あたりに対するあの突っかかり様とは全然違います。
酒呑む度に「この世に酒が無かったらちょっとはまともだったかも…」みたいな事言ってるのが超笑えます。わたしも女子の中では酒飲みの部類に入るので、多少気持ちが分かります。もしわたしが甘いカクテルしか呑めなかったら…みたいな詮無い事を思ってみたり。無理だな。
読後感が良いと前述したのですが、結びの文章を引用してみましょう。
「私は虚飾を行はなかつた。読者をだましはしなかつた。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。絶望するな。では、失敬。」なんか太宰じゃ無いみたいですよね。
『津軽』を書いた昭和19年は、太宰が最も健康的に過ごせた時期だったそうです。
乳母の「たけ」に会った事で、自分のアイデンティティを再確認出来たのかもしれない。自分は「たけ」の子供で、だからこそ実の親兄弟には無い粗野なところがある。今まで感じてきた引け目みたいなものも少しは軽減出来たのかも知れません。
『斜陽』、『人間失格』のイメージが強すぎて太宰は苦手だ、という人でも、『津軽』は普通に読めるんじゃないでしょうか。
太宰にもこんな時期があったんですね。
>EntryTime at 2007/06/10 13:06<